函館地方裁判所 昭和27年(ワ)108号・昭27年(ワ)49号 判決
本訴被告は本訴原告に対し、檜山郡江差町字本町百四番家屋番号同字第七十一番木造亜鉛葺二階建店舗兼居宅一棟建坪四十八坪七合五勺二階坪十三坪五合及び同町字同町百四番の二宅地五十四坪が原告の所有であることを確認すること。
本訴原告その余の請求並びに反訴原告の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は本訴反訴を通じ全部本訴被告の負担とする。
二、事 実
一、原告(反訴被告)訴訟代理人は本訴について、主文第一項同旨及び被告は原告に対し、巾三尺長さ六尺、重量三十四瓩の銅板四枚、石炭三噸を引渡すこと。右銅板、石炭を引渡すことができないときは金五万七千円を支払うこと。訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求めその請求原因として、
(一) 原告はその先代下岡清太郎とその妻トセ(昭和九年死亡)との間に生れた長男であつて、被告は右トセ死亡後昭和十三年下岡清太郎と結婚し、昭和十六年協議離婚し、さらに同人と昭和二十四年再婚し、同人が昭和二十五年二月十日死亡するにいたつて昭和二十六年二月実家の氏に復したものであるが、下岡清太郎が右死亡後その遺産相続に関して原被告間に諍が生じたため、被告において、函館家庭裁判所江差支部に家事調停を申立てた結果、同裁判所において、昭和二十五年六月十日下岡清太郎と前妻トセとの間に生れた四男正己、同長女辻節及び下岡清太郎と被告との間に生れた長女邦子を参加せしめて、原被告及び右参加人らの間に下岡清太郎の遺産について、別紙目録記載のような分割の調停が成立した。すなわち、右調停によれば、主文掲記の土地建物は原告において取得することに定められた。しかるに、被告は右土地建物が原告の所有に属したことを争うので、原告は被告に対し、これが原告の所有であることの確認を求め、又、
(二) 原被告間に昭和二十五年六月十日該調停外において、下岡清太郎の遺産中前記請求の趣旨記載の銅板、石炭を原告において取得する旨協議が成立した。しかるに、被告はこれを権限なくして占有しているので、原告は被告に対し、右物件の引渡を求め、もし、被告において右引渡ができないときは、右銅板の価額相当金三万六千円、石炭の価額相当金二万千円の賠償を求めるため、
本訴請求に及んだと述べ、
(三) 被告の抗弁に対し、本件調停において、原告は被告に対し、金十万円を、被告主張の日時までに支払うべき債務を負担し、その支払を了した場合に被告はその名義に登記してあつた右土地建物の所有権移転登記手続を経由する旨を約したこと、原告が該期日までに右金十万円を支払わなかつたため、被告からその主張の各日時右支払の催告並びに右調停による合意を解除する旨の通知を受けたことは認めるが、遺産分割の調停は、債務不履行を理由に解除できないから被告の右抗弁は理由がないと述べ、なお原告は昭和二十六年二月十三日右金十万円を、被告方に持参して提供したが、被告においてその受領を拒絶したので、同年十二月二十八日函館地方法務局江差支部に弁済のため供託した旨附陳し、
二、反訴について、主文同旨の判決を求め、その答弁として、反訴原告主張の事実中その主張のように、右土地建物について前記金十万円を供託のうえ所有権移転登記手続を経由したこと。反訴被告においてこれを占有していることは認めるが、右土地建物は反訴原告の所有ではなく下岡清太郎の所有であつた。しかして、前記(三)の理由によつて前記調停上の合意を解除する旨の意思表示は無効であるから、これを前提とする反訴原告の請求は失当なる旨答えた。<立証省略>
一、被告(反訴原告)訴訟代理人は、本訴について原告の請求は棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中(一)の事実はこれを認めるが、原告がその主張の遺産分割調停によつて、その主張の土地建物を取得するについては、原告において被告に対し、金十万円を昭和二十五年六月三十日までに持参支払いその支払を了した場合には、被告はその名義に登記してあつた右土地建物の所有権移転登記手続を為す旨約したが、該期日までに右金十万円を支払わなかつたので、被告は昭和二十五年九月二十七日原告に対し右金十万円を、同年十月三日までに支払い方催告したところ、原告からその支払を得なかつたので、昭和二十六年二月十九日右調停による合意を解除する旨の意思を表明したので該調停はその効力を失つた。又原告主張(二)の事実は否認する。
よつて原告本訴請求には応じられないと述べ、
二、反訴について、反訴被告は反訴原告に対し、主文掲記の土地建物について、函館地方法務局江差支局昭和二十七年一月三十日受附第四四号として、昭和二十五年六月十日函館家庭裁判所江差支部昭和二十五年(家)第四号遺産分割調停による所有権取得登記の抹消登記手続を為し、且つ、該建物を明渡すこととの判決、並びに右明渡しの部分について担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、反訴原告は右請求の趣旨記載の調停により同記載のような所有権移転登記手続を経由した。しかし右土地建物は、下岡清太郎から生前に譲渡を受けたものであつて反訴原告の所有に属したものであり、前記調停によつて、反訴被告に譲渡することを約したものであるが、前述のように該契約は反訴被告の債務不履行を理由として解除されたものである以上、その登記は原因を欠く無効なものというべきであるから、反訴原告は、反訴被告に対し、該登記の抹消登記手続を求め、且つ反訴被告は権限なくして右建物を占有しているからこれが明渡しを求めるため反訴請求に及んだと述べた。<立証省略>
三、理 由
先ず本訴について判断する。
一、原告主張一の(一)の事実は当事者間に争がない。よつて、被告の抗弁について調べるに、原告は被告に対し、本件調停において金十万円を被告主張の日時までに支払うべき債務を負担し、その支払を了した場合に被告は原告に対しその名義に登記してあつた右土地建物の所有権移転登記手続を経由する旨約したこと、原告が該期日までに右金十万円を支払わなかつたため、その主張の日時右支払の催告並びに右調停による合意を解除する旨の通知を受けたことは当事者間に争がない。そこで、家事調停による遺産分割の合意が、その調停に基因する債務の不履行を理由に解除し得るや否や考えるに、遺産分割の合意は、共同遺産相続人が、共同相続関係を終了し、個別的相続関係を生ぜしめ、その共有に属した遺産を相続開始の時に遡つて分割された各権利について、単独の権利者だつたことにする効力を直接に発生せしめるものであつて、通常の債権のように債権債務を発生せしめ、その義務の履行によつて債務を消滅せしめるものではないから、該合意は、遺産分割そのものを目的としたいわゆる処分契約に属し、その性質上すくなくとも合意解除を除くその余の理由による解除はできないものと解する外なく、又右分割が調停によつて行われた場合には、該調停は審判と同一の効力を有する結果いわゆる実質的確定力を取得し(非訟事件手続法第十九条第三項)新たなる審判又は調停によらなければその分割の形成的効果を消滅し得ないものと解する。したがつて、債権契約に関する民法第五百四十条以下の適用はないものといわなければならない。もし右の適用があるものとすれば、遺産の再分割の請求を果しなく許さなければならないことになり取引の安全を害するにいたる。よつて、遺産分割の調停に基因する債務の不履行を理由に該調停の合意は解除できないものと考える。そうとすれば被告の本件調停上の合意を解除する旨の意思表示は無効であるから該抗弁は採用できない。もつとも被告本人尋問の結果によれば、本件土地、建物は、もと下岡清太郎の所有に属していたところ、その生前被告においてその譲渡を受けた事実を認めるに足るが、成立に争のない乙第一号証、証人井野チヨ、同加藤重兵衛の証言を綜合すれば、右合意は、下岡清太郎の遺産分割の一方法として、原告に対しこれを取得せしめることとしたことを認めるに足るので、右が被告の所有であつたことは右結論に影響を及ぼさないと解する。
二、次に、原告は本件調停外において原被告間に下岡清太郎の遺産中その主張の銅板、石炭を原告の取得とする旨協議が成立した旨主張するが、これに符合する証人辻数見の証言及び原告本人尋問の結果は、証人井野チヨの証言にてらしてたやすく信用できないし、その他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。よつて、原告が右銅板及び石炭を取得したことを前提とする該引渡並びに賠償の請求は理由がない。
よつて、原告の本訴請求は、被告に対し、主文掲記の土地建物が、原告の所有であることの確認を求める部分のみ正当として認容すべく、その余の部分は失当であるからこれを棄却するものとする。
三、反訴について判断するに、反訴原告の反訴請求は、本件調停上の合意を解除したことを理由として、本件土地建物の所有権移転登記手続の抹消手続及び右建物の明渡しを求めるものであるところ、右合意解除の意思表示は無効であること本訴の理由説明のようであつて、右解除を前提とする反訴原告の請求は失当であること明らかであるからこれを棄却するものとする。
よつて、本訴、反訴の訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十二条を適用し、主文のとおり判決した。
(裁判官 水野正男)
目録
一、相手方下岡喜次郎は申立人下岡イトに対し金十万円を昭和二十五年六月三十日限り持参して支払うこと
二、前項の期間内に於て相手方が申立人に対しこれが支払出来ないときはその支払猶予期間を昭和二十五年七月五日迄とすること
三、前項の金額を相手方喜次郎が申立人イトに対し全額支払したときは申立人イトは
檜山郡江差町字本町百四番
家屋番号 同字第七十一番
一、木造亜鉛葺二階建店舗兼居宅 一棟
建坪 四十八坪七合五勺
二階坪 十三坪五合
同郡同町字本町百四番の二
一、宅地 五十四坪
を相手方喜次郎の為め所有権移転登記手続を為すこと
但し登記手続に要した一切の費用は相手方喜次郎に於て之を負担すること
四、檜山郡江差町字本町百六番
一、宅地 百十六坪
は申立人下岡イトの所有であることを相手方及共同相続人等は確認すること
五、檜山郡江差町字本町百六番
家屋番号 同字第七十三番
一、木造柾葺平屋建住家 一棟
建坪 二十七坪二合五勺
は共同相続人下岡邦子の所有であることを当事者双方及共同相続人等は確認すること
六、前同項及五項に定めた下岡イト所有の宅地及下岡邦子所有の建物を所有者等において将来他に売却せんとするときは優先的に相手方喜次郎に之が買取方を協議すること
七、檜山郡江差町字椴川町百九十二番
一、畑 五町三反七畝十四歩
同上百九十三番
一、山林 一町四反三畝十一歩
は申立人下岡イトの所有であることを相手方及共同相続人等は確認すること
八、被相続人亡清太郎の遺産に関し申立人イト共同相続人下岡邦子は前各項以外の財産分割は何等之を請求しないこと
九、申立人が北洋無尽株式会社に申立人名義に於て積立加入して居る昭和二十七年に満期になる無尽金全部は無条件で即時相手方喜次郎に権利義務一切を譲渡すること
一〇、相手方喜次郎は被相続人生存中被相続人に於て負担しある店借り(約二万円位)はこれを承継して支払の責に任ずること
一一、檜山郡江差町字本町四十七番
一、宅地 四十坪
は申立人イトより共同相続人下岡正己に無償にて譲渡し昭和二十五年六月三十日限り之が所有権移転登記手続を為すこと
但し右登記手続に要した費用は譲受人下岡正己に於て負担すること
一二、上磯郡木古内町に現在居住して居る
菊地好吉の名義になつて居る
檜山郡江差町字本町四十七番
家屋番号 同字第三十一番
一、木造柾葺平屋建居宅 一棟
建坪 二十六坪五合
につき当事者双方及共同相続人に於て共同相続人下岡正己に之が所有権あることを確認すること
一三、前各項に定められない被相続人の遺産に対する権利については相手方喜次郎共同相続人正己同節において協議の上管理すること
一四、申立人は函館家庭裁判所江差支部昭和二十五年(家)第一二号遺言書の検認申立事件はこれを取下げし相手方及共同相続人等は之に同意すること
一五、調停費用は各自弁のこと